職場で先輩にお世辞を言うべきか。「お世辞のセンス」について語る。

僕が新入社員のころ、同じ部署に配属された同期でとてもお世辞が上手い人がいました。僕はお世辞を言うどころか、相手の気に障ることも平気で口にしてしまうような人間だったので、上手いお世辞を言える人間は得だなと考えていました。

社会人になってしばらく経ち、今まで出会ってきた社会人の方々が多種多様なお世辞を言うのを目の当たりにしてきました。今回は職場でお世辞を言うことについて語りたいと思います。

お世辞が上手い同期

僕が会社に入って初めてのボーナスの支給日のことです。同じ部署には僕の同期が一人いて、先輩が僕とその同期に向かって「君たち初ボーナスじゃん。やったね!」と言ったのです。

すると僕の同期がすかさずこう返したのです。

「誰のお陰でボーナスもらえると思ってるんすかぁー!」

文字だとニュアンスが伝わりにくいかもしれませんが、ようするにその先輩のお陰で我々はボーナスがもらえます、ありがとうございますという意味です。

確かにその先輩から仕事を教えてもらっていたので、この発言もあながち間違いではないですが、僕には言えない台詞だなと思いました。ですが人間というのは例えお世辞だと分かっていても、誰かから良く言われればうれしくなるもので、その先輩もまんざらでもない様子でした。

もう一つ例を出してみます。

僕と同期がまだ入社間もないころに行われた会議でのこと。まだ職場に慣れていなくて発言の少ない僕と同期に対してマネージャーが「二人とももっとしゃべっていいんだよ。俺は君らぐらいのころ会議で生意気なこと言い過ぎてよく怒られてたよ」と笑いながら言いました。

すると僕の同期は「そうなんすか。でも上に行くためには多少生意気言えるぐらいの方がいいんじゃないっすか?」と返しました。

これらの「センスあるお世辞の数々」をそばで聞いていて、僕は「コイツには叶わねぇな」と思いました。

お世辞の「センス」について

上手くお世辞を言える人間は可愛がられます。上で書いた発言をした僕の同期はこのあたりが上手くて、職場で良い人間関係を築いていました。僕も当時「少しは先輩にお世辞を言うべきか……」と思い悩んだものですが、今なら「お前にはセンスが無いから絶対にやめておけ」と言います。

お世辞を言うには絶対的に「センス」が必要です。「センス」とは、お世辞を発する際の言葉選びの感覚のことを指します。上で書いたボーナスの件で具体的に説明してみます。

僕の同期は「誰のお陰でボーナスもらえると思ってるんすかぁー!」と言いました。これは上手な言い方で、同じ意味合いのことをお世辞のセンスが一切無い人間がいうと、こんな感じになります。

「先輩のお陰でボーナスがもらえるんっすよ!」

どうでしょうか。

どちらもお世辞だとすぐに分かる台詞ではありますが、前者が冗談めかした軽快な響きであるのに対して、後者はあまりにも直接的な表現で「無理にお世辞言ってます」感がぬぐえません。人によっては(こいつ、思ってもねぇこと言いやがって……)と気分を害する恐れもあります。

こればっかりは本当に「センス」としか言いようのないものであって、僕が「上手な言い方」と評した件の発言をした同期も、深く考えてこのような言葉を選んだのではないでしょう。彼は自然と嫌味のないお世辞の言葉が出せてしまうのです。これはもう才能です。

 センスが無いならお世辞は言うな!

以上の理由から、もしあなたが自分を「自然と上手なお世辞が言える」人間だと考えていない限り、お世辞を言うことは控えた方が良いです。下手なお世辞を言うくらいなら、一切のお世辞を封印した方が遥かに良いのです。

上手にお世辞が言える新人は可愛がられますが、お世辞を言わないからといってそれだけでマイナス評価を下されることはありません。逆にそんな人間がいたら、付き合う必要はないのです。

お世辞が言えないなら言えないで、バカ正直を押し通す方法もあります。

僕は自分の思ったことを割と正直に言ってしまう人間だったので、先輩がイラっと来る発言も度々してしまっていました。それが原因で一時的には「失礼なヤツ」というレッテルを貼られてしまった時期があります。

ですが、それがずっと続くと次第に「こいつは本心しか言えないヤツなんだ」と、良い意味での諦めが職場に浸透して「まったくしょうがねぇなコイツはw」と、別の意味で可愛がられるようになりました。これは取りも直さず僕が職場で一貫した態度をとってきた結果です。

仮に僕が普段は思ったことを正直に言っていて、時々思いついたように無理して下手なお世辞をかますような態度をとっていたら、一番最悪な状況に陥っていたでしょう。

もっともこんな分析は今だからこそできることで、当時はただ自分がお世辞が言えない人間であることを自覚しつつ、せめてぶれないバカ正直者でいようと思っていただけです。結果的にはそれが功を奏した形になります。

お世辞が言える人間を「あざとい」と軽蔑するべからず

頻繁にお世辞を言う人間に対して良く思わない方はたくさんいます。相手の機嫌を取るためだけに口から出まかせを発するのは、誠実さのない卑怯者だと言って憚らない人間をたくさん見てきました。僕も同じように思っていたこともあります。

ですが、今では僕はお世辞を言える人間を「尊敬」するように考え方を変えました。

お世辞というのは、本心から出た言葉では無いものであっても人の気分を良くするもので、それによって人間関係の潤滑油になるものです。誰も傷つけず、逆に良い気分にさせ、おまけに人間関係を円滑にする能力なんて素晴らしいとしか良いようがありません。

それに、お世辞を言う人間を蔑む人々は往々にして僕と同じお世辞のセンスの無い人間です。自分が持っていない能力を有している人間に対して、卑怯者などと揶揄するのはただの負け惜しみにしか思えないのです。お世辞のセンスがあった方が良いか、無くても良いかと問われたら、そんなものは「あった方が良い」に決まっています。もし「達人レベルのお世辞のセンス」が100万円で売っていたら、僕は買うと思います。

今僕は職場で上手なお世辞を言う人間を発見したら、その発言を注意深く観察し、分析するようにしています。もしかするとこれを続ければ、天性のお世辞のセンスを持つ人間には叶わなくとも、多少なりとも職場で有用なレベルまでお世辞の能力を引き上げることができるかもしれません。

今もお世辞の研究にいそしむ毎日です。

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