親から夢を応援してもらった兄と、応援どころか罵倒され続けた僕。「兄弟差別」の原因はなんだったのか。

僕が子供のころの夢は漫画家になることでした。それもただプロデビューするだけでなく、ワンピースやナルト以上の人気を集め、アニメ化・映画化されて渋谷や新宿の看板に作品のキャラクターが載ることが夢でした(結局プロにはなれませんでした)。

僕が夢に向かって本格的に動き始めたのが高校生のころで、この頃はひたすら漫画を描きまくっていました。描くだけでなく、大手少年誌の2社に描いた漫画を持ち込んだこともあります。

そんな僕に対して両親はというと、ひたすら懐疑的な目を向けていました。

僕が漫画を描いていると、そばまでやってきて「そんなくだらないことをやっている暇があったら勉強しろ!」と事あるごとに言われていました。それでも無視して漫画を描き続けていると、両親の言葉は段々と辛辣さを増していきました。

漫画家なんて目指してもし失敗して極貧生活に陥っても、絶対に一切の援助をしないからな! コンビニのゴミ箱を漁って、腐りかけのおにぎりを食って生きていけ!

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これは実際に僕が両親に言われた言葉です。コンビニのゴミ箱のくだりも、言われた言葉をそのまま書いています。ようするに、夢を応援してもらえなかった訳です。

さて、僕には兄がいます。兄は小さい頃から音楽家を目指していて、学校でも家でもひたすら音楽関係の活動ばかりしていました。

では兄も僕と同じように親から反対されていたかというと、実は真逆でした。高価な楽器やバカ高い音楽関連の学校の学費を惜しみなく払ってもらっていました。僕の両親は特段裕福でもなかったため、両親は老後の資金さえも兄の音楽のためにつぎ込みました。

親から夢を応援してもらえなかったばかりか罵倒されていた僕と、大金を惜しみなく投入して応援してもらった兄。二人を別けたものは一体なんだったのか。今回はそのことについて語ろうと思います。

親から夢を応援してもらえる子供の2つのタイプ

さて、僕の個人的な意見ですが、親から夢を応援してもらえる子供とは、大別して以下の2つのタイプだと思っています。

  1. その分野で周囲から客観的な評価(表彰やコンクール入選等)を得ており、はたからみても「才能がある」と判断できるタイプ。
  2. 社会性やコミュニケーション能力が極端に欠如しており、その分野以外ではどうやっても生活していけないと判断されるタイプ。

「1」のタイプはようするに「投資のしがいのある子ども」です。親子と言えども、子供の夢にお金を費やすことは「投資」に他なりません。しかも、芸術やスポーツのような才能の有無が成功に直結するような分野に対しては、親はお金を出すことに、よりシビアになります。

「2」のタイプは、その子供の性格として社会性が極端に欠如していて、一般的なサラリーマンとして生活は到底望めないと思われるタイプです。この場合、子供の夢がどれほど狭き門だったとしても、最初から退路(普通のサラリーマンとしての道)が絶たれている訳ですから親としては子供がその分野の道に進めるように背水の陣で援助するしかない訳です。

僕の兄は「2」のタイプでした。

社会性の無かった兄

僕の兄は、致命的に社会性の無い人間でした。

学校では常に孤立して友達がおらず、常に自分の殻にこもっていました。趣味も、周りがアニメやゲームの話題で盛り上がっている中、音楽史の偉人の本を熱心に読み漁っていました。

言動もズレており、悪気なく人が傷つくような発言をしてしまっていたため、新しい環境に移っても、すぐに周囲から人が離れて行っていました。

僕の両親はこういった状況を知っていたので、いわゆる「普通」と言われる会社員はとてもできないだろうと考えたようです。

そんな中、兄が唯一関心を持っていたのは音楽で、将来音楽家になることを夢見るようになりました。

一般的には音楽家も漫画家と同じかそれ以上に狭き門で、普通の親であればまず反対するような職業でしょう。しかし、僕の両親は兄が普通の会社員としてお金を稼いで生きていくことはできないと思っていたので、もう音楽の道に進ませるしかないと腹をくくったようです。

この理由から兄は莫大な音楽関連の費用を親から惜しみなく投資してもらえたのです。

お前はどんな仕事でもできるから……

もうお分かりかと思いますが、僕が漫画家の夢を応援してもらえなかった理由は(才能が感じられなかったということは前提として)そんな危険な道に進まずとも普通の会社員ができるからということでした。僕は小さいころから特別な才能はありませんでしたが、普通に学校生活を送って、普通に友達付き合いをしている完全な「The・普通」の人間だったのです。

僕は会社で働き始めて自分で生計を立てられるようになってから、両親にこの「兄弟差別」のことで正式に抗議をしたことがあります。

その時に両親がばつが悪そうな顔で言った言葉が「お前はどんな仕事でもできるけど……あいつ(兄)は音楽をさせるしか道がなかったから……」です。到底納得できる理由ではありませんでしたが、これが親の本心だったようです。

子供がもし実現可能性の低い夢を目指して失敗し、「普通の道」というレールの上から零れ落ちてしまったら、高確率で親に泣きついてくることが予想されます。僕の両親はそれを何としても回避したいがために、脅しと取れる言葉を使ってでも、僕を狭き門である漫画家からサラリーマンの道に「矯正」したのです。

逆に兄は「普通の道」が最初から閉ざされていた(と両親は思いこんでいた)ので、狭き道(音楽)に進ませるしかないと思い、大金を投じて支援したのです。

兄は音楽家になれたのか

兄は学校を卒業してからも親と同居しながらオーディションを受けたり、スタジオを借りて練習をしたりしていました(費用は全て親持ち)。ですが、皆さんも薄々感づいておられる通り、三十路を過ぎた今でもプロにはなれていません。最近は本人も練習に行く頻度が減り、諦めムードになっているとのこと。

現在は実家暮らしでアルバイトをして月に10万円前後の収入を得ているようです。既にアルバイトは一年以上続いています。僕はこれを聞いて「音楽以外の仕事もできたじゃないか」と思いました。日本には月収10万円でも生活を切り詰めて生計を立てている人は大勢います。つまるところ、人間は甘やかされれば自分の好きな仕事だけに固執し、逆に極限まで追い詰められればどんな仕事でもやるのです。

夢というものは、親に応援されてはダメだなと僕は最近思っています。

親にお金を出してもらってぬくぬくとした環境で夢を志しても、危機感が育ちません。アルバイトの極貧生活の中で夢に向かっていれば、なんとしても夢を叶えなければ待っているのは破滅だけだというひっ迫した感情が沸き上がり、それがモチベーションになると思うのです。

もちろん、フィギュアスケートや一部のお金のかかるスポーツ選手などを目指す場合は親がある程度の経済的支援をしなければスタートラインにすら立てないかもしれません。しかし、今有名になっている芸術家やスポーツ選手たちは親の金銭的援助によって成功したのではなく、やはり本人の血のにじむような努力が結実したのだと思います。

お金だけかけられて努力が足りなければ、僕の兄のような状態になることは必至です。しかも夢破れただけでなく、もはや普通の仕事をして自分の力で生計を立てるだけの気概すら失くしてしまっている気がします。

まぁ僕のように親に罵倒されたくらいで夢を諦めてしまう人間もいるので、話はそんなに単純ではないかもしれませんが……。

兄弟差別の帳尻合わせについて

これは書かなくて良いことかもしれませんし、人によっては読んで嫌な気分になるかもしれません。ですが、自分の気持ちを整理するためにも書いておきます。

前述したように僕はこの「兄妹差別」について一度両親に抗議をしており、それに対して両親は一応の説明(言い訳)を述べました。ですが、両親は最後まで僕に謝ることはしませんでした。それどころか「もう終わったことはどうしようもないじゃないか」と開き直ったのです。

謝ったら終わりだと思っているのか、それとも今更間違いを認めるにはもう歳を食いすぎているのか、はたまた本当に自分たちは最善の行いをしたと思っているのかは分かりません。

憤りはありましが、同時に「そうか、両親にとってはもう終わったことなんだな」と、ある種の諦めに似た気持ちが去来したことを覚えています。

両親ももう還暦を超えて、弱っていっているのを感じます。これ以上追及しても僕が納得いくような結末になることはないでしょう。だから僕はこれ以上この事について両親を責めることは辞めにします。

ただし、それは許すということではありません。僕なりのやり方で帳尻を合わせるということです。

それは「両親の介護をすべて兄にやらせる」ことです。

両親が僕と兄にかけた金額の違いは、少なく見積もっても2千万円はあると見ています。それほどに音楽関係の費用は高額なのです。ただ単にかけてもらった金額だけの話ではなく、幼いころに両親から夢を罵倒されたという今さら取り戻しようのない過去の記憶は耐え難いほどの苦しみを僕に与えます。

スピリチュアル的な表現になりますが、子供のころの僕が、大人になった今の僕の心の中でずっと泣いているのです。今の僕には彼に対して何らかのけじめをつけてやる義務があります。

これを読んでいる人の中には「漫画家になれなかったことを親のせいにしてキレてるだけじゃん」と思った人もいるかもしれません。ですが「ポイントはそこではない」と明確に否定します。

僕が漫画家になれなかったのは、僕の努力が足りなかったからで、親のせいではありません。漫画家を諦めるという選択をしたのは、他ならぬ僕自身です。そもそも本当に夢を叶える人間というのは、親に罵倒されようが殴られようがやるのです。だから、僕のように親に罵倒されたくらいで漫画家を諦めてしまうような人間は「はじめから器じゃなかった」と切って捨てられてしかるべきだと思います。

僕が怒っているポイントはあくまで、僕の夢は罵倒して、兄の夢は大金をはたいて応援をしたという兄弟差別にこそあります。その扱いの差に憤っているのであって、僕が漫画家になれたかなれなかったかについては問題ではありません。

だから僕は両親から一方的に夢を応援してもらった兄に、両親の老後のことを全て負担してもらうつもりです。兄は現在親と同居のフリーターなので、まずは自分で生計を立てられるようにならないと介護もへったくれもないと思いますが、たとえ彼が両親の介護ができるようにならなくとも、代りに僕が介護をすることはありません。

今後もし両親が倒れたり病気になって入院したと連絡が来ても、見舞いに行くことはしません。なぜならそこが介護の入り口になる可能性が極めて高く、現場に居合わせてしまったらなし崩し的に巻き込まれる恐れがあるからです。物理的な距離を置き、入口から遮断することで、徹底的に介護を拒絶する体制を整えます。

このことは両親や兄にはまだ話したことはなく、僕の頭の中にあるだけです。話すタイミングは、兄が就職をして自立することができた時だと思っています。そんな時が来るのかは分かりませんし、その前に両親のどちらかが倒れればその瞬間に話さざるを得ませんが(手紙かメールで)。

実は以前年末年始に祖母の米寿のお祝いで親戚が集まったことがありました。そこには僕のいとこの姉妹(20代後半と30代半ば)も来ており、彼女らは、既に痴呆症になりかかってている彼女たちの母親の面倒を看ていました。

ある夜、僕の両親と彼女たちで色々とつもる話しをしていて、ふと彼女たちが母親の面倒を看る大変さを口にしました。すると、僕の父親がそれを聞いて僕に対して「お前もいつかやらないといけないんだぞ」と言ったのです。この時僕はすでに前述した兄弟差別に対する抗議を父親にした後だったので、父は僕が抱えているわだかまりは認識していたはずです。にも関わらずさもまるで、僕が将来父親の介護をすることが決まっているかのような口ぶりに、肉親として抱いていた最後のひとかけらの憐憫の情も消え失せました。

ここで僕が親戚一同の前で「僕は将来あなたたちの介護はしません」と理由を述べた上できつ然と宣言するべきだったのですが、ここが僕の心の弱さで、上記の父親の台詞に対して「それは兄に言った方が良いんじゃない」とお茶を濁してしまいました。親戚一同が集まっている前で僕がしっかりと介護拒否宣言をしていれば、将来急に両親が倒れて親戚から連絡が入ったとしても「僕は関係ありません。あの時に説明しましたよね?」と余計な説明を省くことができました。今思っても悔やまれます。

ただし最低限の親孝行はする

ここまで読んでくれた人の中には「いくら兄弟差別されたからって、育ててもらったことに変わりはないだろ?」という人もいるでしょう。それはその通りです。

僕は暴言は浴びましたが、暴力などの虐待と言われるレベルの被害を受けたことはありません。また、4年制の私立大学を出してもらっているので、兄とは比べるべくもないにしろお金は相当かかったはずです。

兄弟差別を受けたということでそれらの恩まで全て無かったことにするのは、ただ憎しみに囚われているだけで、道理に適った考えではありません。世の中には子供に対して殴る蹴るの暴行を加え、ひどい場合は死なせてしまうような親もいます。そんな親と比べれば僕の両親は遥かにマシな人々です。だから僕は介護はしませんが、最低限の親孝行はするつもりです。

具体的には誕生日やクリスマスには食事やプレゼントを贈り、現金も渡します。実際僕は社会人になってから5年間の合計で両親に100万円以上を渡しています。この恩返しは両親が死ぬまで続けるつもりです。

ただし介護だけはしません。介護に関するお金も1円たりとも出しません。

これは、子供時代辛かった過去の自分に対するけじめです。

まとめ

なんだか書いている途中から気分が高ぶって、当初書こうとしていた趣旨から遠く離れたところに着地した気がしますが、こんなライブ感もブログの面白さかなと思ってそのままにしておきます。

もし僕が将来結婚できて、子供が二人以上できたら可能な限り差をつけないように気を付けて、図らずも差がつきそうになったら何らかの方法で埋め合わせをするよう意識したいと思います。もしかしたらその時になって、子供を平等に扱うことの難しさに気が付くのかもしれませんが、今の未熟な僕としては「望むところ」といったところです。